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東京地方裁判所 昭和52年(レ)127号 判決

控訴人 高橋道生

被控訴人 紀平重行

主文

一  本件訴訟は和解により終了した。

二  控訴人の昭和五三年一月二一日付口頭弁論期日指定の申立書提出以後の控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人は、本件訴訟につき、口頭弁論期日の指定を求める旨申立て、その原因として、「昭和五三年一月一八日の本件和解期日に成立した訴訟上の和解(以下本件和解という)は錯誤により無効であるから本件訴訟は終了していない。即ち、本件和解条項第二項において、被控訴人は控訴人に対し和解金一〇万五〇〇〇円を昭和五三年一月末日限り支払う旨を合意したのであるが、右の和解金額は、控訴人と被控訴人との間の建物賃貸借につき、被控訴人がかねてより供託していた賃料額(月額金四万九五〇〇円)と本件和解の過程で合意された賃料額との差額を一時に支払うべく算出されたものである。そして、右和解の過程において、

イ  昭和五〇年一〇月以降同五二年三月までの賃料は月額金五万四〇〇〇円と、

ロ  昭和五二年四月以降同五三年一月までの賃料は月額金六万円と、

それぞれ合意された。従って右合意による賃料額と供託賃料額との差額の合計は、イにつき金八万一〇〇〇円、ロにつき金一〇万五〇〇〇円で、合計金一八万六〇〇〇円となり、結局前記和解金一〇万五〇〇〇円は、誤った計算によるものであることが明らかである。ところで、控訴人は、右計算に誤りがないと信じて本件和解の合意をしたのであって、計算に誤りがあることを知っていたら本件和解の合意には及ばなかった。よって、本件和解には要素の錯誤があり無効である。」と述べた。

当裁判所は職権で控訴人本人(第二回)及び被控訴人本人を尋問した。

理由

第一  本件記録によると、当審の昭和五三年一月一八日の和解期日において、控訴人と被控訴人との間に、次の和解条項の下に和解が成立したことが明らかである。

(和解条項)

一1  控訴人は、被控訴人に対し昭和五〇年三月一三日控訴人・被控訴人間の別紙物件目録記載の建物(以下本件建物という)賃貸借契約につきなした更新拒絶の意思表示を撤回する。

2  本件建物賃貸借契約の期間を昭和五六年九月三一日までとする。

3  本件建物賃貸借の賃料は、昭和五三年二月から同年九月まで一か月金六万円、昭和五三年一〇月以降一か月金六万六〇〇〇円(ただし三年間すえおきとする)とする。

二  被控訴人は控訴人に対し、本件和解金として金一〇万五〇〇〇円を昭和五三年一月末日限り控訴人方に持参して支払う。

被控訴人が右和解金の支払いを遅滞したときは完済に至るまで年二割の遅延損害金を付加して支払う。

三  控訴人は、その余の請求を放棄する。

四  訴訟費用は第一、二審とも各自弁とする。

第二  《証拠省略》によると、控訴人及び被控訴人は昭和五三年一月一八日の本件和解期日において、和解担当裁判官及び立会書記官から和解条項を逐次読み聞かされ、その内容を説明されたうえ、右和解条項を承諾したことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

ところで、本件記録並びに前記和解条項により明らかなように、本件訴訟の訴訟物は、本件建物賃貸借の終了又はその所有権に基づく本件建物明渡請求権の存否並びに被控訴人の本件建物占有に伴う賃料相当損害金の存否であったところ、本件和解においては、かねて控訴人が被控訴人に対してなした右賃貸借の更新拒絶の意思表示を撤回し、賃貸借の期間、将来の賃料額及び和解成立までの延滞賃料額について合意したのであるが、本件和解金とされた金一〇万五〇〇〇円は、右の諸点につき当事者の各互譲の結果として、全ての紛争を止めるため合意されたものであって、単に延滞賃料額のみについての合意の所産と目すべきものではない。

もっとも、《証拠省略》によれば、和解担当裁判官において、控訴人に対して数次にわたり譲歩を求めるに当り、昭和五二年三月分までの賃料額は供託金額どおり金四万九五〇〇円とし、同年四月分以降昭和五三年一月分までは金六万円とすれば、供託金額との差額が合計金一〇万五〇〇〇円となるから、これをもって昭和五三年一月末に支払われるべき本件和解金としてはどうかと慫慂したところ、控訴人がこれを承諾したことが認められるが、前示のような本件和解金の性質に鑑みるときは、本件和解の過程において和解担当裁判官が一つの目安として過去の一定期間の賃料額につき一定額を示した事実があったとしても、それが本件和解金についての合意の前提事実となっていたものということはできない。

のみならず、右に認定のように、和解担当裁判官は、昭和五二年三月分までの賃料額は供託額である月額金四万九五〇〇円とし、以後昭和五三年一月分までを金六万円として計算すると金一〇万五〇〇〇円となる旨明示しているのであり、これに徴すれば、控訴人が主張するところの、昭和五二年三月分までの賃料額を金五万四〇〇〇円とする旨の合意は成立していなかったといわねばならない。右主張にそう《証拠省略》は信用できず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

そうしてみれば、昭和五二年三月分までの賃料額を金五万四〇〇〇円とする旨の合意が成立していたとしてこれによる計算の誤りをいう控訴人の主張は、もともと右のような合意がなかったのであるから理由がないし、また、前示のように、右期間の賃料額が直接本件和解金の合意の前提事実となっていたとはいい難いから、この点についての控訴人の認識如何は、本件和解の効力に消長をきたすものではない。

第三  以上のとおりであって、他に特段の事情は認められないから、本件訴訟が和解により終了したことは明白である。よって、判決をもって本件訴訟の終了を宣言することとし、控訴人の昭和五三年一月二一日付口頭弁論期日指定の申立書提出以後の訴訟費用の負担について民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大石忠生 裁判官 松尾政行 瀧澤泉)

〈以下省略〉

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